離宮にて〜天国への扉〜



部屋の奥へと進むと、ルルーシュはそこにいた。
窓辺の長椅子にだらしなく腰掛けて足を床に投げ出した格好で天井を仰ぎ見るルルーシュは、ジェレミアが入ってきたことに少しも気づかずにいる。

「・・・ルルーシュ様?」

驚かせないようにジェレミアが控えめに声をかけてもルルーシュはぴくりとも反応しない。
近づいて、その足元に膝を着くと、ルルーシュの溜息が聞こえた。

「見つかってしまったか・・・」
「随分とお探しいたしました」
「そうか・・・」

ルルーシュは一度もジェレミアを見ようとはせずに、天井を仰いだままだった。

「・・・よくここだとわかったな?」
「はい」
「・・・と言うより、よくここまで辿り着けたな?」
「は?」
「あっただろう?回廊のあっちこちにトラップが・・・」
「落とし穴、のことですか?」

確かに、ここに辿り着くまでに、回廊の至るところに落とし穴が仕掛けてあった。

「何回落ちた?」
「五回ほど落ちかけて、三回嵌りました・・・」
「三回・・・約一割の確率か・・・」

と言うことは、30箇所くらい同様の落とし穴が仕掛けてあるのだろう。
ルルーシュは「優秀だな」と言って、ようやくジェレミアに顔を向けた。

「昔は落とし穴の他にもいろいろと仕掛けがしてあって、それを知らないものがここに無傷で辿り着くのは不可能に近かったんだ・・・」
「はぁ・・・」
「トラップのパターンもこまめに変えられていたしな」
「一体誰がこのような仕掛けをお造りになったのですか?」
「・・・母さんだ」
「マリアンヌ様・・・が、ですか?」
「そうだ。退屈しのぎの一環だったようだが、なかなかおもしろかったぞ?」

そう言ったルルーシュの瞳が懐かしそうに細められた。

「トラップがあるのを知っていてもパターンが頻繁に変えられるのでな、クロヴィスはトラップが起動している時は一度も辿り着けなかった」
「・・・では、何方か辿り着けた方がおられるので?」
「コーネリアとシュナイゼル・・・あの二人は殆ど無傷でここまで来ていたよ」

と言うことは、それ以外は全滅だったのだろう。
今はその二人ともが敵だと言うのに、ルルーシュの言葉からは敵意は感じられない。

「そうそう、そう言えば父上が・・・」
「皇帝陛下・・・ですか?」
「ああ。母さんがパターンを変更したのをうっかり知らせ忘れて、死にかけたことがあったな・・・」
―――・・・あ、
あんたら母子はどこまで黒いんだッ!?

クスクスと、無邪気に思い出し笑いをしているルルーシュに、ジェレミアは血の気が引いた。
しかし今はそれどころではない。

「ルルーシュ様。そろそろお戻りになりませんと皆が心配いたします」
「心配?」
「はい」
「心配したい奴は勝手にさせておけばいい。お前も下がっていいぞ」

ジェレミアの言葉に、現実に引き戻されたルルーシュは、つまらなさそうな顔をしているに違いない。
ルルーシュのつまらなさそうな顔=不機嫌であることを知らないわけではないのだが、ここにルルーシュを一人残すわけにはいかない。

「では、ご一緒させていただきます」
「・・・お前の顔など見たくないと言っているのがわからないのか?」
「は?あ、あの・・・」
「下がれと言っている!お前の顔など見たくない!!」

深さを増した闇がルルーシュの顔を隠して、表情を窺い知ることはできなかったが、声には明らかに怒りが含まれていた。
それでもジェレミアは闇の中に蹲り、そこを離れようとはしない。
いつまでもそこにいる臣下に苛立って、痺れを切らしたルルーシュが椅子から立ち上がる。
「ルルーシュ様・・・」と、顔を上げて言いかけたジェレミア髪を不意に掴まれて、言葉はそこで途切れてしまった。

「俺の命令に逆らうとはいい度胸をしているじゃないか?」

掴まれた髪がぐいと後ろに引かれて、目の前にルルーシュの顔が近づけられる。
闇の中の凶暴さを湛えた瞳が嘲るようにジェレミアを見ていた。

「ここがどこかわかっているのか?」
「・・・はい」
「では、お前などが入ってきていい場所ではないこともわかっているのだな?」
「はい。・・・し、しかし・・・」
「わかって来たのなら、それなりの覚悟はできているんだろうな?」

そう言ってルルーシュはジェレミアの頭を床に叩きつけるようにして手を離し、その肩を足で強く踏みつけた。

「どうした?抵抗してくれないのか?」

踏みつけられて床に這い蹲ったジェレミアに、不服そうなルルーシュの声が投げられる。

「抵抗して逃げ出すなら今のうちだぞ?」

その言葉には、暗に「出て行け」という意味が含まれているようだった。
だからルルーシュはそれ以上の虐待行為をジェレミアにするつもりはないのだろう。

「・・・ルルーシュ様・・・ここはもう貴方のいるべき場所ではございません。どうか・・・どうかお戻りください・・・」
「俺のいるべき、場所?」
「そうです」
「偉そうなことを言ってくれるじゃないか。・・・お前になにがわかるというのだ!?」

ルルーシュは踏みつけていた足で、ジェレミアの身体を蹴飛ばした。
そして再び長椅子に腰を下ろすと、ルルーシュはそれっきり口を噤んでしまった。
沈黙の間にジェレミアは身体を起こし、無言の主の前に膝を着く。
そのままの姿勢で闇の中にあるルルーシュの気配に神経を集中させて、その様子をじっと窺った。
しばらくして、「ジェレミア」と名前を呼んだルルーシュの声には落ち着きが取り戻されていた。
「はい」と答えてルルーシュの次の言葉を待つ。

「頼むから、一人にしてくれないか?」
「それはできません。私の立場もお考えください」
「・・・お前はなぜ俺に固執するんだ?騎士にしてやることはできないがそれなりの地位も与えてやった。望みどおりに俺の傍に置いてやっている。身体すら与えてやっているのに・・・これ以上なにを俺に望むのだ?俺にはもうこれ以上お前に与えてやれるものはなにもない・・・」
「ルルーシュ様、私は物欲の為に貴方にお仕えしているのではありません!」
「・・・ではなぜだ?」
「貴方が好きだからお仕えしているのです」
「好きだから・・・だと?よくもぬけぬけとそのような世迷言が言えたものだな?お前はこんなところで俺の我侭に付き合っているよりも元貴族のご令嬢方と親交を温める方がいいのではないのか?」
「ル、ルルーシュ様!?」

やはりそれが臍を曲げている原因かと、ジェレミアは苦笑を浮かべた。
嫉妬されるのは悪い気分ではなかったが、それも限度があってのことである。
早めに機嫌を直してもらわないと、この先嫉妬心に駆られたルルーシュがなにを仕出かすかわかったものではない。
ジェレミアが床から膝を離してゆっくりと立ち上がると、椅子に座っているルルーシュはその気配に一瞬たじろぐように身を強張らせているのが暗闇の中でもわかった。
何も言わず、ジェレミアは目の前にあるルルーシュの影に腕を伸ばして、手探りでそれを抱きしめる。
「離せ!」と暴れるルルーシュの抵抗を力で封じ込めて、自分の体重を利用して長椅子にその身体を押し倒すと、ルルーシュの抵抗は激しさを増した。

「汚らわしい手で俺に触るな!お前なんか大嫌いだ!!」
「私はルルーシュ様が好きですよ?」
「・・・う、うるさい!嘘を吐くな!」
「お忘れですか?私はルルーシュ様のものなのですよ」
「そ、そんなことは・・・今更言われなくても、わかっている・・・」
「心も身体も全てルルーシュ様のお役に立つためにあるのです。その私がルルーシュ様に嘘を吐くと本気でお思いなのですか?」

ジェレミアの言葉にルルーシュの抵抗が止んだ。
あまり優しくないジェレミアの主はジェレミアの甘い言葉に弱い。
それをわかっていて、ジェレミアはわざとらしいほどに甘い言葉を囁いて、抵抗をなくしたルルーシュの顔にくちびるを寄せた。

「・・・ジェ、レミア・・・!?」

名前を呼んだルルーシュの声は酷く狼狽していた。
近づけかけたくちびるを一旦止めて、「どうしました?」と問いかけると、ルルーシュは自分の上にあるジェレミアの身体を腕で押し退けようとしている。

「ルルーシュ様?」
「・・・ここではダメだ」
「は?」
「ここではそんなことはしたくない・・・大事な場所を汚すようで嫌なんだ・・・」
「ルルーシュ様・・・」
「頼むからやめてくれないか・・・」
「・・・それでは、お戻りになっていただけますか?」

「わかった」と諦めたように小さく頷いたルルーシュの身体を抱き起こして、ジェレミアは暗い部屋の中を見渡した。

「ジェレミア?」

その様子を不審そうに見つめるルルーシュはジェレミアがなにを探しているのか見当もつかない。
そして、探していた場所を見つけたジェレミアはルルーシュを抱きかかえて、さっき部屋に入ってきた方向とは別の方へと歩き出した。
「どこへ?」と問いかけるルルーシュにジェレミアは優しく微笑んでいる。
向かう先にはバルコニーに通じる扉があった。

「ちょ・・・ちょっと待てジェレミア!!・・・お、お前なにをするつもりだ!?」
「廊下にはトラップが仕掛けてあります。ルルーシュ様を抱きかかえたままでは戻るのに時間がかかってしまいますので」

そう言って、屋外へと通じるガラスの扉を開けた。
冷たい外気がルルーシュの髪を攫う。
思わず下を見下ろせば、離宮の上部に位置するその場所から目的の地面まではかなりの距離があることを再認識させられた。

「お、お前・・・俺を殺す気か!?」
「大丈夫です。しっかり掴まっていてください」

「ちょっと待て!なにが大丈夫なんだ!?」と、悲鳴に近い声で叫ぶルルーシュに構うことなく、ジェレミアは広いバルコニーの手摺へと足をかける。
暴れるルルーシュをしっかりと腕に抱きかかえて、躊躇うことなくジェレミアは空中に身を躍らせた。
ふわりとした浮遊感の後に、落下による重力加速がルルーシュを襲い、夜の闇に断末魔のような悲鳴がこだました。